†Correnda†
瞳の奥に
1/1破


母はいつも優しかった。

母方の話になるが、祖母は早々に死んでしまっていて、おれとおれの双子の妹は祖母を知らなかった。
だが、祖父はよく知っている。
母は祖父が好きだった。
だから、祖父を一人にせずに、一緒に暮らしていた。

父と祖父で仲が悪かった事もなく、むしろ父も祖父も能天気で、似た者同士仲が良かった位だった。

妹が先に結婚して、早々に子供を生んだ。
先を越されちゃったな、なんて皮肉っぽく笑いあって、結局おれが結婚したのはだいぶ後だった。

結婚する気はもとから無かったのだが、30を過ぎたこの歳になって、まさかの恋に落ちてしまった訳だ。
向こうは自分と随分と歳の離れた娘だった。
親にも妹にも驚かれたが、反対はされなかった。
向こう方の親も穏健な人で、反対をされなかったのが心の救いだ。

結婚して数年、妻が第一子を生んだ。
元気な男の子だった。

妹は結婚してすぐに双子を生んでいたので、祖父にとって、この子は三人目の曾孫となった。

そして、三人目の曾孫の顔を見て数週間後…
祖父は静かに息を引き取った。

九十近い年齢だったと思う。
ここまで生きられれば上等だろう。

父の遺骨を目の前にして、母は初めて子の前で泣いた。

母は優しかったが、同時に厳格さも持っていた。
強く真っすぐな瞳をしていた。
決意が滲んでいた。

しかし、

その瞳の奥には、いつも陰を潜ませていた。

いつも、おれと妹を見つめる瞳の奥には、何かが別の色が滲んでいた気がする。

そんな強い母が泣いているのを見て、おれと妹は顔を見合わせて、力なく笑った。

これが、時間だ。
祖父が母にとってそれだけの存在であったのもあるだろうが、やはり、歳の所為もあるだろう。

母は、弱くなった。

悲しがる事じゃあない。

若くて生き生きして強かった母も、老いて死に近づき弱くなる。

それは皆同じだ。
祖父もそうであっただろうし、おれもいずれはそうなる身だ。

母がそうした様に、おれと妹も老いた母と一緒に暮らそうと話したのだが、母はそれに反対した。

祖父と違って、母には連れ添った夫がいる。
自分も老いたが、まだ元気だ。
親も逝き、子も発ち、残りの人生は二人きりで生きようという話だ。

母の瞳は、もう淀みなく輝いていた。

その意に反対する理由もなく、おれと妹は故郷から完全に発った。
今でも時々妹とおれは都合をつけて故郷へ、両親に会いに行っている。
父も母も八十を過ぎていたが、年齢に合わずいつも元気にしていた。
妹の子供の内片方は事業を成功させて貴族階級の仲間入りを果たしたらしい。

皆が今を生きている。
元気にしていても、もう母も歳だ。
いつまでも生きていてはくれない。
そうしたら今度はおれたちの番だ。
時はいつも一定の速度で流れている。

この先の時代どこまで
おれは生きていられるだろうか。


息子が私に聞いた。
おれはそれに答えた。


そんな何気ない日々もその内終わりを告げる。

覗いた息子の瞳の奥には、おれが映っていた。
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