ナイトホリック=フランク
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夜だ。
また果てしない夜が来た。

敵軍兵に見つかるといけないから、火は起こせなかった。

今日は野宿だ。
然し、仮眠を取るといっても、殆どの軍兵士は安心など出来ないでいた。

彼らは、いつ敵襲が来てもいいように常に緊張感の糸を周囲に張り巡らせてないなければならない。

「フレイベルドバース!おい、フレイベルドバース!」

そんな緊迫した空気の中、秋の虫達の美しい鳴き声のみが支配するしじまに、陽気に声を張り上げる若い兵士が一人いた。

「…俺のことか?」

ぼんやりと星空を見上げていた歳上の兵士は眉をひそめた。

「そうだよ、おまえの名前、なんか長いんだもん」

若い兵士がニッと笑うのに、歳上の兵士はため息を一つついて、言う。

「それでどこをどう縮めたらそうなるんだ、ヘルメス。そもそもそれでも長いし、ファーストネームかラストネームで呼んでくれた方が短いんだがな」

「どっちも知り合いにいるんだよ、珍しい名前でもないし、紛らわしいんだ」

周りは刺すような視線で二人を見ていた。

…皆夜の闇が怖いのだ。

血の匂いが、
些細な音が、

生温い温度に、まとわりつく湿気に、気を無駄に巡らせている。


「…お前は、恐くないのか?」

歳上の兵士が唐突に尋ねるのに、若い兵士は少し笑って返す。

「何が?」

歳上の兵士はそれを聞いて、自らに視線を注いでいた同僚達に横目で視線を送り返しながら、言った。

「…皆が、恐がっているものさ」

聞いて、若い兵士は口角を上げて、然し目は伏せながら答えた。

「…怖いよ。」

少しくぐもってから、続けた。

「…人を殺した感覚とか、呻き声とか、叫び声とか、焦げた肉の匂いとか、…それに麻痺した自分とか、怖いよ。いっそのこと、今ここでおまえに殺してほしい位だ」

若い兵士は、顔だけは笑いながら、焦ったような声で早口で続ける。

「夜の闇が来る度に、気が狂いそうになる。目蓋を閉じると目にこびり付いた人の死がフラッシュバックして、人が死ぬ音が、耳にリフレインの様に響いて止まないんだ。僕は誰よりも弱い。今日も生き延びてしまった、なんであいつは死んだのに僕は生きているんだろう。今日は何人殺した、今日は何人殺された…毎日それの繰り返しで頭がいつぱいになる。本当に、気が狂いそうなんだ」

一気に言うのを、歳上の兵士は押し黙って聞いた。

若い兵士は、心なしか息が荒い。


「お前は、強いね、フレイ。毎日お前の背中を見てる。闇夜に儼然と立ち尽くすお前は孤高だ。…お前は、畏れを知らないのか?」

若い兵士が真摯に見つめてくるのに、歳上の兵士は、鼻で軽く笑ってから、横目で若い兵士を見て、言った。

「あんまりよいしょするなよ、ヘルメス。俺は、ただ闇が好きなだけさ。」


「…闇が?」

若い兵士は怪訝そうな顔をしたが、歳上の兵士は続けた。

「ああ、人の心に恐怖を与えるのは、闇じゃない。闇はずっと変わらない約束で、不偏の平穏だ。恐いのは変化だ。光に照らされる世界は狭くて、堅くて、いつも暴力的だ。」

「世界が、嫌いなのか?」

若い兵士は眉間にシワを寄せた。

「違う、世界はいとおしいさ。つまり、皆が恐れているのは闇じゃあないって事だ。闇夜の平穏を乱す銃声であって、火花の光だ。」

「光…」

「俺にとってはこの空に広がる満天の光すら疎ましい。」

「オーバーだな、フレイ、やっぱお前、面白い。」


若い兵士はニッと笑った。




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