フライ・トゥ・ドリーム
1/1頁

この世には未練だらけだった。

恋だってしていた。
それが幼稚な、恋に恋した慰み求めのものだとも自負していたし、辛い気持ちになることだって沢山あったけど、諦める気なんてさらさら無かった。
親とも仲が良くて、迷惑だってかけたくなかったし、悲しませるなんて尚更だった。
特に私を秘蔵っ子とよく可愛がってくれたおじいちゃんなんて、本当に大好きで、最期の、死ぬ瞬間まで見届けてあげたかった。
学校も好きだった。
幼なじみのかけがえのない親友とは、今度一緒に映画を見に行く予定もあったし、大人になったら何がしたい、何をしようと話したりもしていた。
成績も最近伸びてきて、これからが楽しみだと先生にも言われた。
部活でも前回強豪校を倒して、今まで皆で積み重ねてきたものがやっと花開いた所だ。
チームの輪はより一層深まった。
あとは向かうところ敵無し、一位に突っ走るだけの所まで上り詰めたのだ。
今一番はまっている漫画だってまだ完結していないどころか、前回変なとこで切れていて、次巻が気になる。
死ぬ前に一度でいいから何をしたい何がしたいと考えていたのに、その中のまだ一つだってできていない。

人は飛び降りる時、地から足を離した瞬間に後悔するのだという。
こんなにも未練がある私は、尚更だろうと思った。
容易く想像出来る程の後悔だ。
それなのに、
それなのに憙、どうだろう、私は今、こんなにも清々しい。
爽快とか、解放とか、その類の世界中から集めた青や緑の言葉たちが私の臓器を埋め尽くしている感じだ。
自傷ではない。自殺だ。
だから、勘違いされても仕方がないし、一瞬で死にたかったから、一番、一番高いビルから飛び降りる事にしたのだ。
私は飛び降りるまでは後悔し続け、恐怖し続けていた。
憙怖い、憙絶対に後悔するのに、と。
そうだ、まるで逆なのだ。

地から足を離した瞬間だった。
風が私を撫でる。冷たくて気持ちいい。しかし、どこか暖かいのだ。
心の中に渦巻いていた黒いものが極限まで膨れ上がって、体から何かが染み出そうになった瞬間に弾けた。
これ以上無い程に心地良い。
まるで麻薬だった。それでも頭に残る胡麻の様な黒いつぶも次々と消えていく。
手足から重力が消える。繋がれていた鎖が千切れたようだ。信じられない。ここは本当に東京なのだろうか?あんなに重々しく息苦しかった汚染された大気が、湿って生ぬるくて吐き気さえ催したあの空気が、なんて軽いんだろう。まるでこれは私自身だ。
憙、憙憙、口に出して叫ばなければ発散出来なかった感情も、今や脳が勝手に反芻したと思ったら溶けて自然に還ってくれる。
私は今、世界で一人だけ特別な存在なんだ。
今まで生きていて初めてそう思えた瞬間だった。絶対的にこれが確立した瞬間だった。
落ちながら私は思うのだ、憙素晴らしい。と。
体ばかりは地に堕ちながら、私は空へ昇っていたのだ。

フライ・トゥ・ドリーム

そんな時に思い浮かんだのは、こんな安直な言葉だった。
しかし、私が今まで見てきたどんな詩や小説よりも
私が今まで聞いてきたどんな思想や標語、名言言葉よりも
私が知っているどんな映画より、芸術より

世界より、
一番心に響いた言葉だった。

意味なんて無い。
ただ、いいなと思っただけだ。

数十個目の硝子を過ぎた頃には、私の頭の中は真っ白になった。
何にも考えなくていい。
ただこの奇跡の様な幻想に身を委ねて、昇っていればいいのだから。

そして、目を、
閉じた。
[指定頁]

章一覧

<<重要なお知らせ>>

@peps!・Chip!!をご利用頂き、ありがとうございます。
@peps!・Chip!!は、2024年5月末をもってサービスを終了させていただきます。
詳しくは
@peps!サービス終了のお知らせ
Chip!!サービス終了のお知らせ
をご確認ください。



w友達に教えるw
[ホムペ作成][新着記事]
[編集]
無料ホームページ作成は@peps!
無料ホムペ素材も超充実ァ