ミスリルと碧い薔薇
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5月26日

目覚めると、私が最初に目にしたのは彼の顔だった。

彼は目覚めた私に優しく声をかけた。

私は意識のぼんやりとした中でじっと彼の顔を見ていた…。

…しばらくして我に帰り、急いで腰をあげると、そこは知らない部屋だった。

真っ白な壁紙の小さな部屋に、白いレースのカーテンがかかった窓、その部屋の端に寄せてある白いふかふかのベッドは金具で固定されていて、棚やナースコールがある所、雰囲気なんかで、ここが病院だということが分かった。

窓から見える景色は薄暗かった。
ふと目に入った丸い壁掛けの時計は7時半を指していた。

私がぽかんとしていると、隣で座って、私が起きるのを待っていた男が口を開いた。

−気分はどうだい?


そう聞かれた。


彼は白衣を着ているわけでもなく、黒い布地のズボンに、ワイシャツ、青いネクタイ…
どうやら医者ではなさそうだ。



…彼に返事をする前に、私は何があったのか思い出そうとして、やっと違和感に気付いた。

私は、彼の事が解らないだけではなく、病院に運ばれる前に何があったのかは勿論


何も思い出せなかった。


あ、あ、と声を出して、声質で自分が女である事はすぐに確認できたが、私は自分のことすら満足に認識できなかった。

顔、年齢、何も、何も…


そう思うと、怖くなって、どうしようもなく怖くなって、布団を急いで被って強く目を閉じた。

目を開いたらいつもの自分の家にいて…




そうしたら、どんなにか安心できただろうと




胸の鼓動が抑えられなくて、閉じた瞳の間からは涙が零れた


心の中が、例えるなら、サイケデリックな程に、精神異常を起こしそうな程に、ぐちゃぐちゃだった。



そして、布団の中で、私はどうしようもなく、彼に縋るように、呟いた。


何も思い出せない





この気持ちが彼に伝わるとは思わなかった

この不安、この恐怖



彼がどんな顔をしたかは解らなかった


ただ、



ただ、彼は私が眠りにつくまで、ずっとこの病室にいてくれた。







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