↓後日談
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じいちゃん家に来て一夜が開けた。
どうやら功聖さんとなっちーは暫く実家にお泊まりするらしい。
母さんの仕事があるので明日一緒に帰るつもりだったが、一人で残ってもいいという母さんの言葉に甘えて俺は功聖さんたちと一緒に帰る事にした。

「功聖さんはー?」

ところで、母さんの実家ってやつは無駄に広い。
昔一時期暮らしていた事があるからよく知っているつもりなのだが、それでも入ったことの無い部屋なんてのが普通にある位だ。
だから俺たちが一斉に帰ってきても、1人一部屋の勢いで部屋が活用できてしまう。
といっても、そんなに親戚が多いという訳でもないのだが。

俺と母さんなんかは一人部屋でのうのうと過ごすけど、じいちゃんはばあちゃんと同じ部屋で寝るし、功聖さんはなっちーと一緒だから、実際は四部屋しか使わないのだ。

「……?あ、章か…」

朝食を皆で食べて、暫らくしたら暇になったので功聖さんにでも絡もうと思い部屋まで来たのだが…

「寝てたかっォわりぃャ」

どうやらお昼寝していたなっちーを起こしてしまったらしい。

「いや、いいよ、ちょっと暇だっただけだから」

といいながらも、なっちーは大きくアクビをした。

「功聖なら父上殿と縁側で将棋をしているぞ?」

「…将棋か…」

そういえば、じいちゃんは若い頃将棋にはまっていた事があるとかないとかで、功聖さんもとばっちりで教え込まれたという話を聞いた。
俺も若干教えてもらった記憶がある。

「暇だろ?一緒に功聖さんに絡みにいこうぜ?」

「う、うむぅ」


**********


「にしても…」

父が唐突に呟いた。
将棋を指している時に自分から話し掛けてくるのは珍しい。
大抵は真面目な話の時だ。

「母さんにああ言われてもしょうがねぇぞ。真面目な話、結婚は考えてねぇのか?」

まあ、そんな所だろうとは思っていたが…
正直、苦笑ものの質問だ。

「結婚も何も、いい人がいなきゃできやしないだろ?」

「なんだ、いねぇのかよ、一人くらい?」

「…いませんなぁ」


…また暫しの沈黙。
風で揺れる緑の音の中に、俺と父が指す将棋の駒の音が響く。

将棋なんて実家に帰った時位しかうたないもんだから、この音が無性に懐かしく思える。

「王手」

「ま、待った!」

「待ったは無しだ」

…くうぅぅ……
たまに手加減でもしてくれのたら、もっと清々しい気持ちで実家気分を満喫できるというものなのだが…。
この人と言ったら昔から変なプライドを持っていて、取り敢えず手加減という事をしてくれない。
小さい頃初めて"大人気ない"という言葉の意味を知った時、真っ先に思い浮かんだのは他でもない、この人の顔だったのをすごくよく覚えている。

「また腕が落ちたんじゃねぇか?」

父が眉をひそめて言った。
少しばかり哀しげだ。

「そりゃあ向こうじゃ相手居ないし、たまに実家に帰ってきてオヤジとやるだけだからなあ。ルールだってそろそろ危うい位だよ」

俺が苦笑すると、父も…これはまた違う感情からだろうが、苦笑した。

「時代ってぇのはお厳しいねぇ。おれらの時代に当たり前だった事が廃れる。と、どうだ、おれたちゃ変わってないつもりでも、周りから見たらいい歳のじいさんだぜ?」

「そりゃもう六十、七十って言ったらじいさんだよな」

俺がからかう様に言うと、父はそれを煙たがる顔をして口を開いた。

「ちげぇよ阿呆、だから、俺たちにとってのじいさんってのも、こんな気持ちだったのかなってよぉ。」

「オヤジのじいさん?」

「別に俺のじいさん限定って訳じゃないけどよ、若い時にじじくせぇじじくせぇ言ってたじいさんも、実は昔から何も変わってなかったのかもしれねぇと思ってな?変わったのは今の世代の流行だとか風景とかでよ、退いていくから老いるんじゃなくて、そのままでいると老いちまうんだ。…まぁお前もあと二十年もすりゃ分かる様になっちまうさ」

じいさんになると御託っぽい事を並べるのが得意になる人をよく見るのだが、父の場合こういった語りは昔から好きだった。
うんと昔はそうでもなかった様だが、少なくとも俺が知る限りで昔から父は典型的…とまではいかなくとも、イカニモ文系型な感じの人間だった。
つまり、漢字とか言葉諺、文学なんかが好きな人だったのだ。
父の語りにはその影響も大きく表れている。

「そういうのがレ・ミゼラブルってやつ?」

昔の父の話を連想しながら適当に相槌を打ってみた。
当の俺は父の御託につきあえる程に国語力がある訳ではないのだ。
そこで記憶から引用したレ・ミゼラブルというのは父が好きな本のタイトルの一つだ。
一見父は文化とかに厳格そうではあるが、実は変な所がずぼらで、文学、小説本となるとノンジャンルで手を出して、好きだという作品の色合いもバラバラ。
小さい頃から違和感は覚えていたが、大人になった今でも十分変だと思える程ごちゃ混ぜな嗜好である。

「英語を使うのはやめろって言ってるだろう?」

「英語じゃなくてフランス語!それに元のタイトルなんだから、こっちが正式だろ?」

言い返すと父はいかにも不機嫌そうな顔をして躍起になって口を開いた。

「英語もフランス語も同じ外国語だ!原本がなんだろうと日本では日本の名前がついているんだから『噫無情』と言え『噫無情』と!」

「そうそうそれそれ、噫無情ってヤツ?」

と、そんな他愛もない話をしていると、唐突に襖が開いた。

「かーつきよさんっ!」

と機嫌良く入ってきたのは章。
その後ろには奈兎がいた。

「章か、どしたー?」

俺が聞くと、章は父の真横にちょこんと座って、にへっと笑いながら言った。

「いや、暇だったからさぁ」

「じゃあオヤジと一局やってくれよ?確か俺より強いだろう?」

そう、以前章も父の趣味につきあわされて将棋を教えてもらっていたのだが、若い脳ミソな上もともと飲み込みが早かった為、今じゃこいつは俺よりもきき腕の棋士だ。
といっても、遊びとしての将棋が強いってだけで、やはり一番強いのは昔本格的な将棋ってやつを齧っていた父だという事は変わらない訳なのだが。

「いいけど、先になっちーと二人でやらしてよっ」

章の言葉に、真横にいた父は奈兎の方を見た。

「ほう、将棋が分かんのか!」

奈兎はドキッとした表情をすると、目を伏せながらおどろおどろしく答えた。

「や、やった事はないんですけど、面白そうだなぁと思って…ォ」
父はそれを聞くと上機嫌そうな顔をして奈兎を手招きした。

「こいこい!おれも教えてやろう」

俺は無理矢理教え込まれただけで別に乗り気ではなかったし、母も将棋に興味がない人だったのでその話し相手にはできなかったもんだから、思わぬ話し相手が見つかって素直に嬉しいのだろう。
というか、年齢を重ねるごとに頭が堅くなって行くこの人が、まさかこんな顔をするなんて今まで知らなかったし、想像だってしていなかった。

「う、うん…」

奈兎も顔を紅潮させながらコクンと頷いた。
そして小さく、小さく続ける。

「お、おじいちゃん…」


これには我が父・燻の心臓もドカーン!でバビューン!である。
顔を真っ赤にして、頭から煙を吹いて、今にも泣きそうな顔をしてる。
頭が堅くて不器用なだけで、心は人並み以上に繊細且つファンタスティック(?)なのだ。

実は昨日、母と俺と奈兎との三人だけになった時に

『わたしの事はおばあちゃんって呼んでね』

『おじいさんの事もおじいちゃんって呼んであげてね、奈兎ちゃんにそう呼ばれたら、あの人だって絶対に喜ぶわ』

と仕込まれていたのだが…
母の読みは大当たりだった様で、これは父にダイレクトで、しかもクリティカルな一撃だったらしい。

「お?おう、な、なななな奈兎…?」

恥ずかしそうに声をひっくり返しながら奈兎を呼ぶ父がどこか身近に感じられた。

「なんだよ!ずりぃー!俺の方がじいちゃん好きなのに!」

と嫉妬する章の気持ちも、今回ばかりは分からないこともないな。

「だいたい、お年玉の数、お前の方が多かったのまだ根に持ってんだからな!」

「うぅー…その事はもういいだろう!?」

そういえば昨日二人でなにやら暴れ回っていた様だったが、成る程お年玉の数についてだったらしい。
確かに姉貴に貰ってない分、章の方がお年玉の数は一人分違うわけだ。
根に持ってるとか自分で言うなよと思いつつ、まぁ、これに嫉妬する章の気持ちも分からなくもない…。

「なんだ章、お前そんな事を気にしていたのか?」

父が少し口角を上げながら言った。

「笑い事じゃないよじいちゃん!この年の子供にとってお年玉っていうのがどんなに重要な臨時特別収入源に…」

と、腕を振り回してたいそれた説明を繰り広げる章に、父が慌てて待ったをかけようとする。

「おいおい、話は最後まで聞け章ォ」

と、

『おぅーっす!ただいまー!』

玄関の方から野太い声が響いてきた。

父はふんと一息ついてから章に向き直り、少し笑いながら口を開く。

「こういう事だ」

「え!…こういう事って…」

章は目を丸くして一瞬硬直してから、玄関へ飛ぶ様にして駆けていった。
不思議そうにしている奈兎の手を引き、俺も玄関に向かった。



……


「お・お・お・じ・さーん!!!」

と章が玄関先で飛び付いたの、はいい体格の年配の男だった。
頭にタオルを巻いているので、少し章の髪型に似ているが、章に比べて剛毛そうで、真っ白いその髪の毛は逆立っていた。

「おう章!また大きくなったかぁ!?」

と、俺や父とは違い、飛び付く章を逆にがっちり抱きしめたまま持ち上げてぐるんと一回転してみせた彼は、俺の伯父である。
昔は頑固者だったとよく聞かされていたのだが、どこからどう見ても気さくでユーモラスな人にしか見えない。

「お久しぶりです伯父さん、今年も会えないかと思ってましたよ」

と言うのも、この人は建築関係の仕事の…所謂鳶というやつの棟梁をしている。
鳶というと昔はなんだか俗世的なイメージがしてあまり良く思っていなかったのだが、よくよく見てみさえすれば、鳶だとか大工というより建築業という気風が強く、むしろそこは懐かしさや哀愁の様なものを感じる職場だった。

その中で棟梁として人望も厚く仕事にいつも直向きな姿勢でいる伯父さんは、仕事を休むとか…そういう概念をまったく持っていないらしく、新年に合わせて家を立て替える依頼なんかも殺到する訳で、そうすると決まって今まで毎年開けて1ヶ月程度はとてもじゃないけど会えないのが当たり前だった。

「いや、今年はなんとか都合がついてよぉ。まぁ1日遅れはしたが、ハッピーニューイヤー我が甥っ子よ!」

はにかみながら章に敬礼をし、伯父さんが言った。

「レンさんも!ハッピーニューイヤー!2日から会えるなんて嬉しいよ!」

「言ってくれるね章ちん!」

と、この光景を目の当たりにした奈兎は、当たり前ではあるが、ポカンとして状況を理解できないでいた。
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