現代街にて幻想旅路
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懐かしい匂いだ。

今となっては、もうほとんど鼻にする事の無くなった。
朝の5時。家の周りには人影が全く無い。昨日の夕方あたりは盛りのついた様に鳴いていた蝉の声も、ぱったりと止んでいる。
街が眠っている様で少しドキドキした。
雨上がりの匂いがした。
湿っていて、だが決してべたつく様なものではない。
懐かしい匂いだった。
最近鼻にした雨の匂いといったら、ただ青臭いだけだ。
鼻を抉る様なあの匂いが、俺は嫌いだった。
しかし、これは、違う。
どこがどう違うのか詳しくはわからない。
ただ分かるのは、この匂いは懐かしい。それだけだ。

眠る街並み。
アスファルトを歩いて辿る。
攻撃的なコンクリートの建物も、今のこの街ではどこか懐かしいと思える。そして幻想的だ。
霞む道の向こうにやっとターミナルが見えた。
なんだか今日は道がやけに長く感じる。
昨日と同じような薄着で家を出たのだが、今日はなんだか肌寒い。
上にもう一枚何かを羽織りたいくらいだ。
しかし、どうせ昼になったら暑くなるんだろうと思い、俺はそのままターミナルに入った。
ターミナルは、雨上がりの懐かしい匂いで満たされていた。
流石に人はいつもどうりに居たが、やはりいつもと雰囲気が違う。

皆、目が無い。

というか、顔が無い。
皆のっぺらぼうと大して変わりはしない。
まるで自分のためのアクターの様だった。
そう思ったら、子供の頃の事を思い出した。
一体、子供の頃、俺は自分以外の人間は皆役者なのでは無いかと思っていた事がある。
今考えてみると、それは短絡的でなんとも稚拙な考えだとも思うし、当時の俺もそれを本気でとらえていなかった記憶がある。
後で聞いてみると、どうやら子供の頃にこういった事を考えるのはそう珍しい事では無いらしい。
ただ、性格形成の関係で、これをどう受けとめるかによって今の性格の基盤が分かるんだとか。
そう言われてみれば、俺は当時、どう思っていたんだろうか。
舞台の演目を自分だけが知らない事を悲しんでいたかもしれない。
或は、役者どもの裏を暴いてやろうと意気込んでいた記憶もある。

そうこう考えていると、ベルが鳴った。
ハッとする。どうやら電車が来るらしい。
今日、いつもと同じ時間に家を出た。そしていつもと同じ時間の電車が来た。
だが、やはり、なんだかいつもより長い時間ターミナルで待たされた気がする。
そこで俺はやっと気づいた。
今日は、時間がゆっくり進んでいるんだ、という事に。
なんだろう、電車から降りてくる人の波は、自然的だ。
自然物が蠢いて、鉄の箱の規則的に空いた穴から溢れ出てくる。
粗方出きったら、今度は俺があの鉄の胃袋に納まる番だ。
あの鉄の箱にとっちゃ、きっと俺は何千とある餌の粒に過ぎないのかもしれない。
俺が居なくても、鉄の箱は何にも困りはしない。
だけど、居ても、誰も迷惑はしない。
嗚呼、なんだったかなぁ、こういうのは。アパシーと言うんだったか。
其も、何故人は欠かせない存在でありたいんだろうか。一度気になって頭の中で反芻してみたが、生憎俺は文系じゃないし、哲学や思想なんて柄でもない。
理由なんていらないし、考える必要もないさ。
そうやって、自分の思った事を受け入れて流されているのは楽でいい。
考えないのはあまりよくない事だとは思うが、今のは例外だ。
たまには流されるのもいいだろう。

「おはようございます!」

声をかけられて、またハッとした。
それに、気付いたらシートに座っている。
いつもは吊り革につかまって立っているのだが、今日は無意識に座ってしまったらしい。

「ああ。」

ぼやっと返事を返す。

「いつも早いんですね?」

「ああ。」

またぼやっと返事を返す。
なんだか、怠い…訳では無いのだが、頭に靄がかかっているみたいで、どこか現実みが無いのだ。

「…眠そうですね?まだ6駅ありますし、寝ちゃったらどうですか?起こしますよ?」

「ああ…」

俺は三度目の曖昧な返事をすると、ゆっくり目を閉じた。

目を開けたら、部屋で寝ていそうで少し嫌だった。
折角電車に乗ったのに、また部屋からやり直しだなんて、損した気分になりそうだったからだ。

そういえば、俺は、どこへ行くんだったか。
6駅先と言った。
6駅先は、はてさて、どこだったか。
多分、職場があるんだろう。
どちらにしろ、着いたら思い出すんだろう。
学生の頃、学校の道をいちいち頭の中で確認しないでも、朝寝呆けながらでも学校に行けたのと同じ様な感じだ。
いや、少し違うか。
学生の頃は自分の目的地が学校だと分かっていたが、今の俺には自分の目的地すらわかっていないんだから。
これは、きっと大人になってからの独特の感覚だろう。
今、一体何駅目位だろうか。
6駅、と言っていた。
というか、其も、6駅と言っていたのは、誰だったか。
顔が思い出せない訳ではなくて、どこで面識があった人だったのかが分からない。
多分、先に「ああ」と生返事をしていた時点で、俺は知らなかったのだろう。
誰なのかを。




「もうすぐつきますよ?」

もうそんなに時間が経ったのか。
やはり、知らない人の声だ。

ゆっくりと目を開けると、驚いたことに、二人以外、周りには誰も人が居なかった。
こんな電車初めて見た。
おまけに、車窓から見える景色は修学旅行の新幹線の窓から見えるあの景色の様に田舎じみていた。
見たことの無い景色だ。

駅に着く。
そこは剥き出しになった細やかなものだった。
少し荒れていて、草なんかが生えている。
昔ながらの鉄製の錆びた看板には、見たこともない駅の名前が書いてある。

ここは、何処だろうか。


「…折角いい天気だったのにな。」

雨がちらほら降り始めていた。
極小粒で、気になるようなものでもなかった。
しかし、雨が降ったという事実が、先までの幻想的な雰囲気を壊した様な気がした。

だがそれは同時に、新しい幻想の始まりだった。

「…そうですね」

俺に微笑んだ。
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